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COLUMN|種蒔きのあとは街から
能勢陽子(豊田市美術館学芸員/あいちトリエンナーレ2019キュレーター)

あいちトリエンナーレの開催4回目にして、豊田市が会場の一つになることになった。芸術祭の醍醐味は、美術作品のための場である美術館に加えて、やはり人々がそこに住み暮らす街中でも作品が展開されることにある。今回新たに会場となった名古屋駅周辺の円頓寺(えんどうじ)・四間道(しけみち)エリアのように、豊田会場には歴史的な街並みや商店街があるわけではない。しかしだからこそ、日常の手触りの中で、誰にとっても身近で重要な問いを浮かび上がらせることができるだろう。

街中に展開される作品は、これまで見えていなかった街の顔を見せてくれた。社屋や工場は郊外にあり、中心部は特に産業都市といった風情がない駅の高架下で、トモトシはユーモアたっぷりの歴史フィクションで、文字通り街の無意識を掘り起こした。血縁によらない新たな家族や共同体の創造を目指す和田唯奈としんかぞくは、80年代の名残のあるスペースの壁を、当時人気を博したキャラクターにも似たファンシーな可愛らしさで彩って新たな息吹を吹き込んだ。小田原のどかは、戦中は軍人、戦後は女性の裸体像が置かれた東京・三宅坂の台座を駅前の公園に再現し、そこに来場者が上がれるようにして、時代や地域を象徴するものはなにかと問いかけた。

アンナ・ヴィットは、ロボットが見えないところで人間の労働に取って変わりつつあるこの街で、車製造に携わる様々な職種の人々に毎日繰り返し行なっている作業を演じてもらい、一つの映像を作り上げた。労働のための人々の動きは、機械に比べて優美で親密な感情を与える。機械と労働の関係は、この街のみならずすべての人にとって、未来を考察するための重要な鍵になるだろう。

近代以降の産業とともに進展してきたかにみえるこの街にも、埋もれた歴史はある。戦中はむしろ穏やかだったといえる豊田市にも、他の地域と同じく戦争が通りすぎた痕が残っている。シンガポールの作家ホー・ツーニェンは、特攻隊がこの地を発つ最後の夜を過ごした喜楽亭を舞台に、京都学派ら戦中の思想家、宣伝部隊として南洋に派遣された映画監督の小津安二郎や漫画家の横山隆一らが登場する壮大な映像インスタレーションを展開した。「旅館アポリア」は、隠蔽された歴史を呼び覚まし、埋もれた記憶と記録の間に揺らめくいくつもの文脈を縫い合わせて、死者が属した時空に隠れて折り畳まれていた意識の層を開いた。会期も終盤に差し掛かると、産業文化センターの片隅にある喜楽亭の前に長蛇の列ができていた。

博物館建設のため取り壊される高校跡地では、高嶺格がプールの底を12メートルの高さで屹立させた。その壁は、「公共」を集約し永続性を誓うモニュメントに対するアンチ・モニュメントとして、2019年の夏そこに存在した。そして公的なものと私的なものの間で揺れる人々の様々な感情を受け止めて、壁を乗り越えるための夢を湧き立たせ、その向こう側を想像する標となった。

今回のあいちトリエンナーレ豊田会場では、作家たちが長期間ここに滞在し、また海の向こうで膨大な時間をかけて、豊田という地域性に関わるここでしか成立しない作品を制作してくれた。また到底不可能とも思えそうな作品プランを共有し、実現してくれた。まず、豊田会場の作家たちに最大の感謝を捧げたい。そしてこれらの作品は、美術館の展覧会とは違い、文化振興課の職員や今回結成されたボランティア「とよトリ隊」と一緒に作り上げたものであった。今回培われた作家や地域との繋がりを基に、派手でなくても地に足を着けて、これから芸術が与える自由や思考、人との繋がりの可能性を、自分たちの力で模索していきたい。そのために、今回縁ができた作家やボランティア、すべての人たちと、ともに歩んでいけることを願っている。
 
※「あいちトリエンナーレ2019豊田会場開催記録」より転載

能勢陽子(豊田市美術館学芸員/あいちトリエンナーレ2019キュレーター)

のせ ようこ
岡山県生まれ。愛知県を中心に活動。豊田市美術館学芸員。1997年より現職。
これまで企画した主な展覧会に、「テーマ展 中原浩大」(豊田市美術館、2001年)、「ガーデンズ」(豊田市美術館、2006年)、「Blooming:日本―ブラジル きみのいるところ」(豊田市美術館、2008年)、「Twist and Shout Contemporary Art from Japan」(バンコク・アート&カルチャーセンター、2009年、国際交流基金主催)、「石上純也―建築の新しい大きさ」(豊田市美術館、2010年)、「反重力」(豊田市美術館、2013年)、「杉戸洋―こっぱとあまつぶ」(豊田市美術館、2016年)、「ビルディング・ロマンス」(豊田市美術館、2018年)など。美術手帖、WEBマガジンartscape等にも、多数執筆。

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