※このコラムは、「INFO | みなさんの鑑賞コラムを募集します」に応募していただいた方のコラムです。
豊田市美術館では、月に1~2回ボランティアによる鑑賞会が開かれています。
「みる×つたえる×かんがえる鑑賞会」と名付けられたこのイベントは、以前から行われていた「じっくり読み解く作品鑑賞会」を、このコロナ禍に合わせて少しスタイルを変えて開催されたものです。
コロナ禍の中では、以前のように作品の前でみなさんと鑑賞しあうことができないので、講堂にて作品の映像スライドを投影して鑑賞することになりました。
1月16日日曜日のイベントに取り上げた作品は、エゴン・シーレの「カール・グリュンヴァルトの肖像」でした。
この作品は豊田市美術館が所蔵している名品の一つで、以前にも何度かこのイベントで取り上げられました。
まずファシリテーター(ナビゲーター)の挨拶から始まり、会場へ移動して実物を見ます。
そして講堂に戻ってから、フリートーキングの形で目に付いたことを発言していきました。
「顔は優しそうなのに、組んだ手が赤くなっていて力が入っているように見える。」
「上半身がバーカウンターに寄りかかっているように見える。」
「カウンターの向こうの人に話しかけている様子を、そっとスケッチしたものではないか。」
「マッチョな上半身に比べて下半身がとても弱く見える。」
「シャイなシーレがモデルと向き合って描けなかったから、モデルが横を向いているのではないか。」
「写真を見ながら描いたのではないか。」
「1917年(作品制作年)は第一次世界大戦中なので、この人は兵士だからマッチョなのではないか。」
なかなか核心に迫る意見がでてきたところで、ファシリテーターから、
「この人は、シーレが兵役中にとても世話になり、支援してくれた上官です。シーレもとても慕っていました。
そしてここからがメインになります。『足が描かれていないということはどういうことでしょう?』今まで出てきたカールさんの人柄とシーレとの関係性などを通して考えてみましょう。」と課題が出ました。
難しい課題です。どんな意見が出るかワクワクしていました。
シーレの描く肖像画には「足」がないことが多いと言われています。
17歳で描いた伯父「レオポルド・ツィハチェックの肖像」にも足がありませんが、ちょうどズボンの裾がキャンバスの下部に重なって足先が見えない状態です。
しかしこの「カール・グリュンヴァルトの肖像」では、足先部分がすっぽり抜け落ちていて、真っ黒です。
意図して塗りつぶしているのです。
じっくり考えて出てきた意見は、一人で見ているだけでは想像もつかないものでした。
「モデルのマッチョな上半身に比べて、下半身(特にひざから下)が細すぎる。もしかしたら戦争で負傷して、足を失っているのではないか。」
「上半身と下半身がねじれている。これは実は上半身と下半身を別々の日に描いたのではないか。上半身はバーなどでくつろいでいる日、下半身は事故にあった時。」
「わざと下半身を強調するために、不自然なポーズにしていると思う。」
「これは死んだ人間ではないか。」
「生き生きと描かれた上半身が『生』、下半身は足が無いところから『死』を意味している。」
「シーレはこの作品で戦争に対する批判をしているのではないか。」
このあたりから想像は膨らんでいって、
「この絵は現在、過去、未来を表現しているのではないか。」
「戦争で失った下半身が『過去』。生きている上半身が『現在』。モデルの見ている目線の先が『未来』と考えることができる。」
「兵舎の中という戦争の最前線で、命のはかなさを想っている。」
『生』と『死』と『戦争』。『過去』と『現在』と『未来』。
戦時下、毎日のように戦場に繰り出す兵士たちを見送りながら、シーレは何を思っていたのだろうか?
日本では幽霊に足が無いのはお約束事ですが、足が無いということがこんなにも、人に不安感と非現実感を与えるものだと驚きました。
その破天荒な人生と、破綻した人格が話題になるシーレですが、内面に抱えた暗く重い部分は、生涯解き放たれることはなかったのでしょう。
28才の若さで夭折してしまった天才でしたが、300点に及ぶ絵画と数百点に及ぶドローイングを制作しました。
鑑賞会に参加してからもう一度作品を見直すと、ひとりでは決して見られない視点から見ることができてまた違った様子に感じます。
次回の「みる×かんがえる×つたえる鑑賞会」は3月に開催されます。
詳しくは豊田市美術館ホームページで確認してください。
若いころから楽しいことに目がない私。骨身を惜しまず快楽追及にふけっていましたが、気が付けば「六十の耳順」を越し「七十の従心」の域に近づいています。
どうやら「己の欲するままに行動しても、道徳の基準をはずれることがない」そうなので、心置きなく勝手ができるみたいですね。ということなので、皆様よろしくお願いいたします。