5月29日の夜更に一本の電話が。
「こまつくん、デカスプロジェクトに応募してみんか?」
電話の主は足助町玉田屋旅館の主人、丸根氏から。
あとで聞いたら風呂に入りながら電話していたらしい。
ともかく次の日に足助町に向かった。
そこで初めて2020年版デカスプロジェクトの要項を知った。
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私たちミュージシャンは3月以降ほとんどの演奏の現場がなくなった。3月はアイルランド音楽イベントが最も盛んな時期だった。
キャンセルとなったイベントの代わりに、3月15日に都内でアイルランド音楽の配信イベントを行い、大きな反響を得た。
これが私の配信デビューだった。
生配信には可能性を感じたので、機材を買い、4月中頃からアイリッシュハープの大橋志麻さんと一緒に配信ライブを始めた。
オフラインのライブはもちろん数え切れないほどやっているが、配信は初めて。
配信ソフトも配信用のカメラの設定、音量のバランスもよくわからない。
配信中にもらったコメントもうまく拾えない、など配信ビギナーであったが、少しずつ画面の先で配信を聞いて楽しんでいる方々の顔や表情がうかぶようになってきた。
遠方の方や仕事上ライブに参加できない人でも気軽に楽しめるのがオンラインコンテンツの魅力のひとつだと感じる。
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さてデカスプロジェクトの話に戻ろう。
企画案として「足助を舞台にしたプロジェクト」というのは決まっていたのだが、配信というコンテンツでは弱い。ステージにたんころりんを置いてアイルランド音楽ライブをやる、だけでは足助の風景の豊かさは伝わらない。
僕の大好きな「柔らかに人つつむ闇」が伝わらないのだ。
高画質配信や複数台のカメラを使った音楽配信も盛んだが、表現力の限界も感じる。
そこで「映像作品と配信」の2つのコンテンツをミックスした「Asuke 夏の音」プロジェクトの企画が出来上がった。
ここまでが5月29日から31日までのストーリー。
めでたく6月1日に企画書を提出出来た。
書類審査、ZOOMの二次審査をへて無事に企画採択!いよいよ本格始動だ。
映像作家HIGTINSKYと玉田屋丸根氏と映像作品のコンセプトを強化するミーティング。
「たんころりん」というテーマは決まっていたが、その他の部分がまだ弱い。気持ちいいアイルランド音楽にどんな映像を合わせていくか、アイルランド音楽はどんな選曲にするか、コンセプト出しが続けられた。
こうして出来上がった、映像作品Asuke 夏の音は4つの部分に分かれている。
それぞれのシーンには込められたストーリーを書いてみよう。
【1.足助の風景/曲:夕涼みのワルツ】
足助の自然と人々がテーマだ。曲は僕が作曲した。
ドローンで撮影された美しい足助の風景や、キラキラひかる川面からの待月橋を臨むシーン、そして足助人(あすけびと、と読んで欲しい)のインタビューが続く。
たんころりんを通して足助がどんな街だったのか、が伝わってくる。僕が好きな風景はたんころりんの会会長のやっさん(河合康男氏)がお孫さんとシャボン玉で遊ぶシーン。
作り込んだ風景に一瞬みえるけど、これは仕込みでもなんでもない。たんころりんを作る作業場のぽっかりあいた時間に、やっさんとお孫さんが橋で遊んでいただけだ。
映像作家HIGTINSKY氏が最高に美しい瞬間をレンズにおさめてくれた。
やっさんがしゃぼん玉をストローをもつと、ストローではなく煙管にしかみえない。それがなんともリアリティーがあって好きなシーンだ。
【2.足助の路地/曲:Hills of Coore】
この曲は非常に和な趣のある曲だと思っている。
アイルランド音楽は「ヨーロッパの村の人がやってる明るくて、ダンサブルな曲」の印象をお持ちの方も多い。
明るい曲ももちろん多いのだが、私自身が強く惹かれるのはアイルランドの悲しい歴史や痩せた土地からしか生まれない”仄暗さ”だ。
日本の古い町並みにある’’路地’’。曲がったら何が待っているのかわからない。寂しげな表情の足助の路地はこの曲にぴったりだった。
【3.町を歩く/曲:House in the Glen】
シーンの切り替えはコーヒー豆の音。HIGNTINSY氏の憎い演出だ。
僕たちミュージシャンは音で表現をする。
映像作家は映像で表現をする。
このコーヒーのシーンはファンが一際多い。
演奏したHouse in the Glen、今回の中では一番明るい曲だ。’’Glen’’とはアイルランド山間の谷間、という意味である。山あいのまち足助になんともフィットした。
女性陣ふたりの町歩きも評判上々。急遽撮影された足助川に入るシーンも「涼しげでよかった」との声多数。
僕が一人で「名物コロッケを食べる」シーンはカットされた。
頑張って美味しそうに食べたんだけど。
まあ女性のが映えるよね。うん、気にしていないよ。。全然。
【4.たんころりんの夕涼み/曲:The Cup of Tea】
8月3日のロケの最後のシーンだった。
夕暮れからたんころりんを配置し、アングルを決める。
足助の地元の住民の方も外に出て撮影風景を見守っていた。(もちろんそれぞれディスタンスをとって)
中止となった「たんころりんの夕涼み まちかど演奏会」の風景がこの日は蘇った。
この現場にいた人はみな「来年はきっと開催できるといいな」と思ったのは言うまでもない。
たんころりんの優しい光に照らされて弾いたThe Cup of Tea、自分の音楽人生に残る瞬間だった。
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映像作家、HIGTINSKY氏はブライダルの映像を得意としている。
彼のウェブサイトには
「人のストーリーをありのままに 心に残るストーリーへ。
お二人の想いを表現し近づけるように そしてお二人の一生の作品に。」
と書かれている。
「かっこいいフォトジェニックなムービーをつくる」ではなくて、、なんだろう、人の感情が動く瞬間を撮ることに命をかけているのだ。そして撮影することをめちゃくちゃ楽しんでいる。
スイッチが入っているHIGTINSKY氏の眼は野球やサッカーに熱中している少年そのものだ。人の感情が動く瞬間というのは、見ていても気持ちがいい。
映像作品『Asuke 夏の音』は友達に見せて「ここ。この表情がいいんだよー。わかる?あ、わかってくれる!いやーそうなんだよ、いいんだよ」と思わず(暑苦しく)誰かに言いたくなるような映像作品はHIGTINSKY氏の映像ならではの視点だなと思う。
8月14日に公開し、今は8月24日に原稿書いている。この時点でYouTubeで907回、FBで1963回再生された。
嬉しいことに「英語の字幕が欲しい」との声を多数寄せられ目下制作中だ。
YouTubeの4K版の公開と合わせて英語字幕版を発表する。
国内外の人にさらに見てもらえる機会が楽しみだ。
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まだまだ音楽イベント、ライブ、マルシェなど僕がメインで仕事をしているシーンは状況が好転していない。イベントが決まったと思ったらキャンセルになる、ということが日常になってしまった。
あと一年は最低でも厳しい状況をつづくであろう。その後も2020年1月以前の状況に戻る、ということは考えにくい。
でも『Asuke夏の音』を制作し、心に伝わる作品を生み出せたのはコロナ禍があったからだ。
きっとコロナ禍がなければロケをし、ストーリーを考え、作曲をしてたんころりんを発信することはなかった。
コロナ禍が生み出したアート、それがAsuke夏の音だ。
この作品はアイルランド音楽のミュージシャンが演奏する作品だが、主役は足助という場所だ。そして足助を愛する人々なのだ。
たんころりんのまちかど演奏会には毎年いろんなジャンルのミュージシャンが登場する。ロックや昭和歌謡、お囃子、オリジナルインストメンタル、アイルランド音楽など、顔ぶれは毎年変わる。
どの出演者も足助を愛している人たちばかりなのだ。
普段あまりに聞かないジャンルの音楽もたんころりんの夕涼みの中で聞くと、本当に気持ちが良い。
来年の夏、足助の町並みにはたんころりんと夕涼みの風景が復活していることを願ってやまない。
その中で夕涼みのワルツを弾き終わった時、それが『Asuke 夏の音』が完成する瞬間だ。
「Asuke 夏の音」
企画制作:Asuke 夏の音製作委員会
音楽と出演:小松大、Fiona(大橋志麻、瀧澤晴美)
映 像:HIGTINSKY
録 音:正木隆
会場コーディネート:丸根敬一、鳥居健志
こまつ だい
音楽と人と場所をつなぐアーティスト。2004年にアイルランド音楽と出会い、パット・オコナーら現地のプレイヤーから学んだフィドルは力強いリズムと美しいフレージングで多くのファンを魅了する。”Dai Komatsu & Tetsuya Yamamoto’’で2枚のCDをリリースする。
2019年に株式会社Ode(オード)を設立しCEOに就任。袋井市や成田市で開催されたアイルランドフェスティヴァルの制作、豊洲スタイルマーケットや岡崎トレッドゴードマーケットをはじめ、多くの野外イベントの音楽プロデュースを行っている。愛知県立芸術大学音楽部卒業。