今回のインタビューは作家の川澄綾子さんからのご紹介で、和紙造形作家の浦野友理さんにお話を伺いました。
“鹿とぎゅー”
「この張り子は?」
「これは “鹿とぎゅー”です」と浦野さん。
このゆるっとしていて可愛らしい張り子は、「アートデイズとよた2019」の際、豊田市の魅力を「宝」と捉え、気軽なお土産の形にするプロジェクト「とよたから」の企画(SHIMAYAGI ARTプロデュース)で生まれたものです。
豊田市の中山間地域で、時に田畑を荒らす厄介者とされる鹿、その鹿と人間が抱き合ってぎゅーとする姿を表現した「とよたから」の張り子(※①)には、「少しでもお互い心地よく共存できますように」との願いが込められています。
どこの産地でどういう紙を漉くか
浦野さんは豊田市の足助地区で生まれ育ち、子どものころから絵を描くことが好きでした。
高校は美術科に進み、日本画を通して和紙に出会った浦野さん。
染の勉強をしておくと紙にも役立つと考え、大学で染織を専攻し、大学在学中に1か月間、美濃和紙の産地として知られる岐阜県美濃市で紙漉きを学びました。
染織を学ぶ中で、沖縄の芭蕉布に出会います。
芭蕉布の糸にならないくずの糸芭蕉(イトバショウ:古くから沖縄で織物用、製紙用、薬用として栽培されている大型多年生草木)の繊維は、紙として漉かれ芭蕉紙となることを知り興味をもったそうです。
沖縄で芭蕉紙を漉く職人のもとを訪ね、そこから2年間、沖縄のデザイン科の大学院で紙漉きを学びました。
戦争で一時期途絶え、その後復活された芭蕉紙は、糸にならない繊維を無駄にすることなく紙として生かすという循環の中で息づいています。
「循環」そして「その土地のもので漉く」ことを学んだ浦野さんは、地元足助へ戻りました。
身近なものからきれいなものができる
地元に戻った浦野さんは、いくつかの仕事を経て、現在は愛知県立芸術大学で紙漉きを教えています。
地元の足助地区は、和傘の材料にもなる丈夫な森下紙が漉かれていた地域です。
浦野さんに和紙の原料になる楮(こうぞ)を栽培しているのか尋ねたところ、実家の山で自生しているものを使っているとのこと。
「身近なものからきれいなものができる驚きと発見を感じてほしい」と、大学では、学生さんと原料を蒸すところから一緒におこなっているそうです。
地域に根差したもの
「足助が好き」と話す浦野さんにとって、あすけ聞き書き隊の活動(※②)もライフワークのひとつです。
「土着というとおおげさかもしれないけれど、地域と関わりを持って、地域を大事にしていきたい」と活動を続けていらっしゃいます。
昨年は足助観光協会の依頼を受け、鎌倉時代の弓の名士、足助次郎重範公(あすけじろうしげのりこう)の張り子を制作しました。
自身が漉く紙だけではなく、地域で作られている紙を使うことも大切と、この張り子には小原和紙を使ったそうです。
また、捨てられてしまう不要になった紙も活かしたいと、張り子の下張りに使い、SDGsへの想いも込めています。
美しいものより、近い距離のものをつくりたい
現在、子育てをしながら活動をしている浦野さん。
子どもが生まれてからは、それまで取り組んできたインスタレーション的な作品作りから、自宅で制作できる張り子が中心になってきたそうです。
ワークショップにも挑戦していて、今年の「中馬のおひなさん」では『和紙のもち花づくり』のワークショップを開催したそうです。
仕事や結婚で小原和紙工芸の産地、小原地区にも縁ができた浦野さん。
今後、小原と足助の両地域での紙を通した活動がどんな展開になるのか楽しみです。
※① 浦野さんの「とよたから」張り子はArt Bace Coromo で購入できます。
Art Base Coromo(@art_base_coromo) • Instagram写真と動画
※② 「あすけ聞き書き隊」は足助の里山で暮らしてきた80歳前後の方にお話しを聞き、まとめる活動をしています。
下記の写真はこれまでにまとめられた聞き書き集。
その表紙を浦野さんが担当しています。
ホーム – あすけ聞き書き隊公式サイト (jimdofree.com)
【豊田のお気に入りの場所】
“実家の山”
子どもの頃から慣れ親しんだ実家の山に悩みを聞いてもらったり、作品作りのアイデアをもらったりしています。さらに今は材料をもらっているそうです。
取材:Kohomi (TAP magazine 編集部)
浦野さんの「地域を大事に活動したい」という想いが心に響きました。民芸好きの私は浦野さんのつくる張り子のファンになりました!